day's eye & lily

つぼみも満開も枯れた花も

イタイ オモイ

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今月発売のCDジャーナルを立ち読み(恒例)。

祥子さんは「男、女にこだわることないじゃん、それ以前に人間なんだから」というどなたかの意見(ファンなのか・・・)に対して自身の主張をつづっていました。


「おんなというもの」を前に出している歌や作品を「痛い」「重い」と表現する視聴者は確かに多いと感じます。インターネットでの批評とか見たりすると。
それは、鈴木祥子というアーティストの作品に限らず、他のアーティストにおいてもそう表現されることが多々あります。

その「痛い」「重い」という感想を述べる人は同性なのか異性なのか。ちょっと興味があります。
もしかすると異性(男性)の方がそう思う人は多いのかも・・・

ではなぜ聴くの?惹かれるの?

「軽い」「明るい」音楽、いつもあなたを「励ましてくれる」音楽だけが魅力があるわけでもないと思うし、それは音楽に限らず、文学でも美術でもあるでしょう。

もしも異性のリスナーが惹きつけられる、というというのであれば、女性への畏怖が少なからず含まれているのかもしれません。自分のもつ性にはないものへの憧れや怖れ。率直に容姿や性格への恋もあるんだろうけれども。


女に生まれてよかった
男に生まれてよかった


自分がもつ性(身体と精神ともに自分自身が納得できる性)を肯定的に捉えて最後まで生きられたら幸せなのではと思います。
どちらが得か損か、ということではなくて。


身体の構造や発達上、性を意識しないわけにはいかないでしょうし、ライフスタイルも変わってくるでしょう(妊娠・出産するしないだって)。そのような意識から影響を多少なりとも受けて、思想や表現として現れてくるものを「男、女にこだわることないじゃん、それ以前に人間なんだから」で片付けるのはどうかなぁと。


世の中いろいろ表現を覗くと「初の女性○○○」とか「女性に門戸が開かれた」なんてこと、沢山あるものです。まぁそれだけ長い歴史において男性を中心とした面が強いから珍しがられる、そんな表現で事実が見えづらくなることもあるのだと思います。


祥子さんには、女性アーティストのカバー曲集なんてやってみてほしいですね。
選曲とアレンジを聴いてみたい。ちょこちょこライブやシングルのB面でカバーしていますが。

Tori Amosは「Strange Little Girls」で男性アーティストばかりのカバーをやりましたが、思いきり自分色。


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きっと祥子さんはファンの感想をネットで拾っていらっしゃるんでしょうね。匿名で勝手なことを言って・・・と思われることもあるんだと思います。